「サイドウェイ」

 主人公マイルス(ポール・ジアマッティ)は年のころ40歳ほどか。頭髪はすでにひょろひょろとか細く、腹はベルトの上にぷくっと乗っかり、どっからどう見てもしがない中年男。本当は小説家になりたい国語の教師である。2年前に離婚し、今はボロアパートにひとり暮らしだ。

 人並み以上の夢やら希望やらを抱いていたわけではないし、人並みに善良に生きてもきた。なのにどのボタンをどう掛け違えたか、この男は、いわゆる世間一般に通用するような幸せの基準からは程遠い暮らしにがっつりハマっている。

 逃げてしまいたい現実があるから、逃げ込む先を探すのである。マイルスにとってはそれが、ワインだった。今ここにシラフで生きるより、ワインに酩酊していたほうがマシってな考えである。アルコール依存症まであと半歩のかなり危険な精神状態だ。

 そんなマイルスをすんでのところで現実世界に繋ぎとめているのが、学生時代からの親友、ジャック(トーマス・ヘイデン・チャーチ)の存在だ。ジャックは元二枚目俳優、今はただのスケコマシである。

 そのジャックがいよいよ年貢を納めることになったというので、二人は前祝いに、一週間の予定でワイン三昧の旅行に出る。出かけた先でマイルスはワインを縁にある女(ヴァージニア・マドセン)と出会う。さあこれから何かが変わっていきそうだ、というのがこの映画の大あらすじだ。

 なぜワインなのか。ワインには物語があるからだ。マイルスはワインの中に物語を感じとり、教養に溢れる詩的な言葉を駆使してそれを語る。教壇にいる時、つまり真っ当な社会人として生きている時間には、決して開陳されることのない彼の素顔である。そして彼はワインを語りながら飲み、ただただ語っては飲んで、自虐的に自らを酩酊の泥沼夢幻境へと送り出す。

 この映画のコピーに「ワインを愛するダメ男の人生が、ゆっくりと熟成していく寄り道…」とある。サイドウェイとはすなわち“寄り道”なわけで、映画はまさにその道草の様子を丁寧に描いているのだけれど、これってだけど、道草なのかなぁ。

 だってさ人生って、そんなこと言ったら、どこで何してたって全部道草みたいなものじゃない? 今ここにいる自分を「寄り道してる」と思ってしまう限り、どこかへ戻らなければならないと感じたり、それができないとどこかへ逃げたくなったりしちゃうものなんじゃないかしら。

 ワインを介した出会いによって寄り道に何か意味を見つけたらしいマイルスは、たぶんもうこれから、逃げるためにワインを飲んだりはしなくなるのでしょう。依存症にならずに済んだわけね。ああそれはよかった。だってほんとにあれは悲惨だもの。

 マイルスは自分と同じようにワインを愛する素敵な女性と一緒に、これからは味わって飲むのでしょう。これをオトナの言葉で表すなら、「たしなむ」ってことだわね。

 こんな風にして人は熟していくものなのですね……という、なんかちょっといいお話です。若い子にゃ、わかんないかもしれないけどね。

 ところでこの監督(アレクサンダー・ペイン)、「若い奴にゃわかるめぇ」ってな映画を43歳にして撮ってしまうというあたり、なかなかの者なんじゃないかと思ったりするわけです。でまた、写真で見る限り、彼自身は十分にカッコいいんですけど、中年以降のくたびれた男を実にうまく表現しますね。「アバウト・シュミット」もそうでした。


サイドウェイ
サイドウェイ
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