新玉ねぎ

 心がどこにも開かれていないときには、身体も動かないし、どんなものがわたしの脇を通り過ぎても見てないし聞こえてないし匂いもしない。そんな、時間も空間もわからない無味乾燥で無彩色な世界にしばらく沈んでいたことがあります。お布団の中だけがその頃のわたしにとってのたった一つの世界でした。この世の中には季節というものがあったことさえ、忘れていて、思い出そうともしていなくて、ただただぼーっとしているか、泣いているか、どっちかだった。怖かった。不安だった。。。

 そういうときは、食べられません。食べ物をやっとのことで口にもっていって顎を動かすけど、まるで砂を噛むようで。本当に砂を噛んでいるようで。

 だけどそんな状態は永遠には続きませんでした。なにごとも移り変わっていきます。世界が変わっていくように、わたしも。わたしの心も、わたしの身体も。変わってゆくということは一つの救いです。

 ちょっと散歩がてら、八百屋さんへ行ってみませんか。どんなときにも八百屋さんには一つ二つ、季節の野菜や果物が並んでいます。今だったら、うど、新ごぼう、新じゃがいも、新玉ねぎ。果物なら苺。春なんですね。

 去年の春のことを思い出せますか? どんな風に過ごしていたか、思い出せますか? 何も変わらないし、ずっと具合は悪いまま、、、と思い込んでいるかもしれないけれど、移り変わり巡りくる季節のように、誰もが、変わらないことと変わってゆくことの両面を併せ持っています。あなたにも、変わっていない部分と、変わった部分とがあります。これは無条件にいいことだよね。だってこれが生きてるということなんだもの。

 そんなことを考えながら、今日は新玉ねぎを買ってきました。皮の白い新玉ねぎは、茶色いふつうの玉ねぎより肉厚で柔らかくて甘みがあります。生で食べられます。細かく切っても涙は出ません。むやみに泣かずにすみます。

 半分に割って、お椀のようにまな板に伏せ、端っこから縦に2ミリ弱ぐらいの厚さに切っていきます。丸々一個切ったら、ばさばさっとお皿へ山盛りにします。もしあったら、ガラスのボールみたいなのがいいかもしれません。上からおかかをたっぷりかけます。ポン酢を垂らします。はい、できあがり!

 ひとりで食べるにはちょっと多いよ。誰か気のおけない人と一緒に、春を分け合って食べるのがいいと思います。