009:エレクトラ

エレクトラ―中上健次の生涯
高山 文彦
文藝春秋
売り上げランキング: 19726
おすすめ度の平均: 4.0
4 中上健次を評価するとすれば、純粋にアウトプットで評価せよ!
2 文学って、苦行なの?
5 説得力あり
5 決して語られることのない日本の陰画
4 本当に最後の作家だった中上健次
ISBN:4163696806

 こういうのを読むと、わたしは失語症のようになってしまって、どんな風に感想を書いたらいいのかわからなくなる。

 仕事一色の殺伐とした日々が続いていた今月上旬のある日、なんだか突然、中上健次が読みたくなり、思い募っていたところへ「考える人」の編集長・松家さんのメルマガが送られてきて開いてみたらそこに、中上健次の名があったのだ。

 そのメルマガのエッセイで紹介されていたのは、高山文彦によるこの評伝だったか、それとも『枯木灘』だったか、もう憶えていない。どっちにしてもどっちも前から読みたいと思っていたのでこれはもう今読めという符合だと思って、さっそくAmazonでこの『エレクトラ』と、『枯木灘』とをオーダーした。

 それからしばらく紹介文を書かなくてはならない新刊の本読みに追われ、やっとページを繰ったのが4月も半ばを過ぎてからだった。

 『エレクトラ』とは、結局未発表に終わった中上健次の、熊野を舞台とした小説のタイトルだという。言うまでもなく、ギリシヤ神話からとったものだ。『エレクトラ』という作品は、健次の将来に期する編集者によってあえて没にされ、その後、自宅の火事に遭って消失したので今はもう誰も読めない。

 なくなってしまったと知れば、途端に惜しい気がし、焦がれるように読みたくなるのが私ならずとも人の常だと思うがしかし、この高山文彦の評伝を読んでしまうと、もう『エレクトラ』のことはどうでもよくなる。

 今も私の手には『枯木灘』があり、また、『千年の愉楽』『異族』『奇蹟』『十九歳の地図』……といった作品をも求めれば得られ、読めるのだということをもって、十分に満たされる。というのも、この評伝によって『エレクトラ』がどのようにして中上健次の中で昇華され、その後の作家活動へとつながっていったかがあますところなくわかるからだ。

 すでにこの世にない原稿を核に据えてこれだけの評伝を成すとは、やはり高山文彦の尋常でない力量と感じ入る。導入から一気にラストまで連れて行かれ、あっと言う間に至福の時は過ぎ去ってしまったのだが、いたしかたない。

 いやぁ、やっぱり、面白かった! ので、北条民雄のもまた読み返してみようと思うような次第。いつか時間があったら、水平社のも読んでみようと思う次第。水平社のは新潮45で連載中、一年ぐらいは続けて読んでいたのだが、一回読むのを中断してしまったら話がわからなくなってそれきり定期購読もやめてしまった。
 
 あと、ふと思ったのが、『紀州 木の国・根の国物語』について。友人・竹薮みさえ開高健中上健次が好きだと言う。で、確か、開高健も週刊誌連載でわりと初期にルポを書いていたのだ。週刊誌ということは毎週30枚ぐらいの締め切りがめぐってくるわけで、それはもう取材して書いて校正もしてやってたら、ほんとにもう、ただそれだけで他のことはなんにもできなくなるぐらいのものすごい仕事量になると思うのだが、このふたりは、ひぃ〜ふぅ〜言いながらもそれをやってのけたということなわけだ。すごい。ただもうそれだけでも尊敬に値するのだが、『ずばり東京』というやつ。これ、沢木耕太郎のエッセイで知って読んでみたことがある。文学的冒険に満ちたルポルタージュで刺激的だった。こんな完成度の高い仕事を毎週やっていたなんて、本当にびっくりする。ありえない馬力。

 竹薮さんがこのふたりが好きだと言うのは、通底する何かがあるのだ。それはなんとなくわかる。『紀州 ……』もいつか読んでみなくてはなるまい。