105:幕末下級武士のリストラ戦記

幕末下級武士のリストラ戦記 (文春新書)
幕末下級武士のリストラ戦記 (文春新書)安藤 優一郎

文藝春秋 2009-01
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おすすめ平均 star
starとにかく実録。
star幕府崩壊後の第二の人生

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 安政の大地震の直後、16歳で御徒組として幕府に召し抱えられた山本政恒という武士の「私の履歴書」です。還暦に、生涯の記録を出版しますと周囲に宣言し、それからコツコツ、10余年かかって仕上げたのがこの新書のもとになった『政恒一代記』。これが凄い記録なのです。文章とイラストで、自分のしてきた仕事のことや家族の変遷などがもうとにかく細かく記されているのです。例えば、最初の仕事@御徒組で支給される制服はどんなか絵があって、その素材は何でできていたかとか、年に何着支給されたかとか、そんなことまで書いてある。引っ越せば、家賃がいくらだったとか、持ち家を買えばいくらだったとか、前の家はいくらで売れたとか。
 この人、幕府の小役人だったわけですから、大政奉還のときには会社が倒産したようなもので失職の憂き目に遭っております。なので“リストラ戦記”なわけ。幸いと言うべきか、不幸にしてと言うべきか、徳川家には会社更生法が適用され静岡に封地替えされて扶持が減らされて再出発ということになりました。すっかり辞めて縁を切るか、無給覚悟でついて行くか、それはどちらでも選べたようです。そしてこの山本某は、家族を連れて江戸から静岡へ引っ越しました。ついて行ったわけです。29歳でした。
 その後、牢屋番や、県庁の事務職や、現・国立博物館の目録作りなど職を転々としました。合間には、完全失業状態だった時もあったようで、自家菜園を耕して自給自足を図ったり、傘張りの内職をしたり、小間物屋を開いたりもしました。なにしろ子どもが11人もいましたから、食わせなければなりません。山本某は愚痴などこぼしている暇もなく、何か見つけては懸命に働きました。
 生活は楽ではなかったらしいけれども、還暦に至りこうした本を作ろうと考えた彼の脳裏には、この一生を誇る気持ちがきっとあったに違いありません。わたしも、こういう一生も悪くない(いやむしろ、カッコいい)と思いながら読みました。