015:痛み治療の人間学

痛み治療の人間学 (朝日選書)
痛み治療の人間学 (朝日選書)永田 勝太郎

朝日新聞出版 2009-04-10
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 実は10日ぐらい前に読んで時間が経ってしまっているので内容をきちんと覚えていません……。永田医師がたくさん本を書いている人だということは知っていました。でもコエンザイムQ10がどうしたとか、目につくものはそういうのが多かったので、時々サプリの宣伝みたいなことで稼いでいる医師もいたりするもんだから、そういう人なのかなーなどと勝手にイメージしていたのです。すみませんっ
 この本を手にとって初めて、故・池見先生のお弟子だと知りました。そうだったのか……。でもって、この本のテーマである「痛み治療」が永田医師の専門だそうです。
 痛み治療というと、いわゆる緩和医療かな、と思うわけですが、永田医師のアプローチは、いまの西洋医学中心の緩和医療とはまた違うものです。もちろんこの本にはWHOのラダーなんかも出てきますが、その説明で終わったりはしていません。むしろ中心は東洋医学的なアプローチに置かれているように読めました。これを読んでわたし、東洋医学に俄然、興味がもりもりとわいてきました。

 「従病【しょうびょう】」という概念があるそうです。それを永田医師は、自分の病の体験を綴る中でこう書いています。

 思い起こせば、それまでの私の生きざまは激しく歪んでいた。その結果が寝たきりである。まさに生きざまの歪みが寝たきりの私をつくってしまったのだ。2年間の闘病生活、否、従病生活であった。闘病から従病に変えさせてくれたのが、エリー夫人の手紙であった。従病とは、「病に従ったふりをして、逆に病を従えてしまうしたたかさ」である(高島博博士の造語)。従病の考え方もフランクル博士の教え(実存分析学)から出ている。(p.14)

 エリー夫人とは、『夜と霧』のフランクル博士の妻のこと。戦後、フランクルは実存分析というものを確立したのだが、そこへ永田医師は学びに行っていたことがあるようです。フランクル博士のことはこの本の随所に出てきます。序文では、エリー夫人からのこんな手紙が引用されていました。

 生前、夫がいつも私に告げていた言葉をあなたに贈ろう。
「人間、誰しもアウシュビッツを持っている(人間、誰にも苦しみはある)。
 しかし、あなたが人生に絶望しても、人生はあなたに絶望しない。
 すなわち、あなたを待っている誰かや何かがある限り、
 あなたは生き延びることができるし、自己実現できる……」(p.13)


 いくつも印象的なフレーズがありました。

 ことに、怒りのコントロールにはカタルシスが必要である。(p.60)

実存分析の本質は、人間の精神における人間固有の自由性、すなわち、宿命にすら抵抗できる自由性への気づきと、その行使にある。しかも、その自由性には必ず責任が伴っている。そうした自由性を行使させ、治療に応用しようと努める。その過程でその患者独自の人生の意味を見出させようとするものである。(p.61)

 あれ?と思ったのが、p.103に出てくる東洋医学の概念で「瞑眩」の読み仮名である。これ、本当は「めんけん」と読むはずなんだけど、この本には「めいげん」となっていた。いいのか? 回復の過程で一時的に身体症状が激しく出る現象のこと。中井久夫先生も、統合失調症の回復過程を書いた論文の中でこれに類する現象について言及している。

 ページを追って引用その他。次はフランクルの言葉の引用で印象に残ったもの。

 フランクルは、その著書『精神の抵抗力(Trotzmacht des Geistes)』のなかでこう言っている。
「人間は機械とは違う。自由で責任のある存在である。治療者が患者という人間の自由性と責任性を刺激することは、患者の可能性を拓くチャンスを与えることである。人間はいつでも自分を変える能力、より高い自分に成長させる能力(自己超越)を潜在させている。治療者の役割はそれを患者とともに気づき、ともに行動することである。(p.134)

 緩和医療と積極的治療についての永田先生の考えの一端が以下のくだり。

 医師のすべきパソジェネシス(病因追求論)的キュアが終了してしまったからといって、人間は即、死ぬわけではない。そこから、死を意識した本当の生が始まる。むしろ、生きざまを変え、主体的に生きる最後のチャンスがそこに残されている。
 ホスピスには、いよいよ最後の時が来たとき行けばよい。そのホスピスまでの期間をいかに輝かせるかが緩和医療である。
(中略)
 緩和医療へのサルトジェネシス(健康創成論)という視点の導入により、諦めないケアができる。がんや障害があっても生きていける、生きていってもよいための知恵が湧いてくる。ふつふつと湧き上がる自らの生への激しい一貫した想いを求めるとき、フランクルの実存分析という人間の本質に迫る精神療法が貢献する。(p.165-166)

てな感じで、いろいろと考えさせられることがあり、また純粋に面白くもあったので、これからちょっと東洋医学の基礎みたいなことを勉強してみようかと思います。が、どうせノロノロと思い出したときだけみたいなことになると思います。そんなペースでしか勉強なんてできるような環境ではないので、いまは。