025:1Q84 book2

1Q84 BOOK 2
1Q84 BOOK 2村上春樹

新潮社 2009-05-29
売り上げランキング : 4

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
1Q84 BOOK 1 さよなら、愛しい人 バルトーク : 管弦楽のための協奏曲 / ヤナーチェク : シンフォニエッタ モンキービジネス 2009 Spring vol.5 対話号 運命の人(三)

ASIN:4103534230

 この作品については、いろんな人がいろいろと書いているようです。まだわたしは1回しか読んでいないので、もう2回ぐらい読んだら何か書くかもしれません。とりあえずbook2の抜き書き。

 「東条英機終戦のあと、アメリカ軍に逮捕されそうになったときに、心臓を撃つつもりで拳銃の銃口をあてて引き金を引いたが、弾丸が逸れて腹にあたり、死ねなかった。いやしくも職業軍人のトップに立ったことのある人間が、拳銃自殺ひとつまともにできないなんてな。東条はすぐに病院に運ばれ、アメリカ医師団の手厚い看護を受けて回復し、あらためて裁判にかけられて絞首刑にされた。ひどい死に方だ。人間にとって死に際というのは大事なんだよ。生まれ方は選べないが、死に方は選べる」
(p.75)

↑タマルの語り。これを読んだとき、太田典礼を思い出しました。太田典礼尊厳死協会の創設者ですが、彼はうどんを喉に詰まらせて死んだのでした。そのエピソードを人から聞いたとき、思うようには死ねないものだな、思うように死なせてくれなんて傲慢だな、と思ったものです。

 「論議をするつもりはない。しかし覚えておいた方がいい。神は与え、神は奪う。あなたが与えられたことを知らずとも、神は与えたことをしっかり覚えている。彼らは何も忘れない。与えられた才能をできるだけ大事に使うことだ」
 青豆は自分の両手の十本の指を眺めた。それからその指を男の首筋にあてた。指先に意識を集中した。神は与え、神は奪う。
(p.237)

↑青豆が教祖のところへ行ったときに言われたこと。





これより以降はネタバレ抜き書きになります。読みたくない方はどうぞ飛ばしてください。

 彼女は言った。「私たちはもっと前に、勇気を出してお互いを捜しあうべきだったのね。そうすれば私たちは本来の世界でひとつになることもできたのに」
 「仮説としてはそうだ」と男は言った。「しかし1984年の世界にあっては、君はそんな風に考えることすらなかったはずだ。そのように原因と結果がねじれたかたちで結びついている。そのねじれはどれだけ世界を重ねても解消されることはあるまい」
 青豆の目から涙がこぼれた。彼女はこれまでに自分が失ってきたもののために泣いた。これから自分が失おうとしているもののために泣いた。それからやがて――どれくらい泣いていたのだろう――もうこれ以上泣くことができないというポイントが訪れた。感情が目に見えない壁に突きあたったみたいに、涙がそこで尽きた。
 「いいでしょう」と青豆は言った。「確かな根拠はない。何ひとつ証明されていない。細かいところはよく理解できない。しかしそれでも、私はあなたの提案を受け入れなくてはならないようです。・・・・
(p.288-289)

 男は静かに首を振った。「君は重い試練をくぐり抜けなくてはならない。それをくぐり抜けたとき、ものごとのあるべき姿を目にするはずだ。それ以上のことはわたしにも言えない。実際に死んでみるまでは、死ぬというのがどういうことなのか、正確なところは誰にもわからない」
(p.291)

 青豆はそのときひそかに、ある種の心を月に託していたのかもしれない、と天吾はふと思った。彼女と月とのあいだに、何か密約のようなものが結ばれたのかもしれない。月に向けられた彼女の視線には、そのような想像を導く、おそろしく真摯なものがこめられていた。
 そのとき青豆が月に向かって何を差し出したのかはもちろんわからない。しかし月が彼女に与えたものは、天吾にもおおよそ想像がついた。それはおそらく純粋な孤独と静謐だ。それは月が人に与え得る最良のものごとだった。
(p.392)

 すぐ近くにいるはずの青豆にも、この二つの月は見えているのだろうか?
 見えているに違いない、と天吾は思う。もちろん根拠はない。しかし彼には不思議なほど強い確信があった。彼が今見ているのと同じものが彼女にも間違いなく見えているはずだ。天吾は左手を堅く握り締め、それで滑り台の床を何度か叩いた。手の甲が痛くなるまで。
 だからこそ我々は巡り合わなくてはならないのだ、と天吾は思う。ここから歩いていけるくらい近くにあるどこかの場所で。青豆はおそらく誰かに追われて、傷ついた猫のようにそこに身を隠している。そして彼女をみつけるための時間は限られている。しかしそれがどこなのか、天吾にはまるでわからない。
 「ほうほう」とはやし役がはやした。
 「ほうほう」と残りの六人が声をあわせた。
(p.430)

 「わたしたちはふたりでホンをかいたのだから」、ふかえりは前と同じ言葉を繰り返した。
 天吾は無意識に指先をこめかみにあてた。「そのときから僕は、知らないままレシヴァの役を果たしていたということ?」
 「そのまえから」とふかえりは言った。そして右手のひとさし指で自分を指し、それから天吾を指した。「わたしがパシヴァであなたがレシヴァ」
 「perceiverとreceiver」、天吾は正しい言葉に言い換えた。「つまり君が知覚し、僕がそれを受け入れる。そういうことだね?」
 ふかえりは短く肯いた。
(p.454-455)

 月が二個あることは父親に話したっけな、と天吾はふと考えた。まだ言っていないような気がした。天吾は今、ふたつの月が空に浮かんでいる世界に生きている。「それは何度見てもとても不思議な風景なんだよ」と天吾は言いたかった。でも今ここでそんな話を持ち出しても仕方ないだろうという気がした。空に月がいくつあろうが、父親にとってはもうどうでもいいことだ。それは天吾がこれから一人で対処していかなくてはならない問題だ。
 それにこの世界に(あるいはその<「その」に傍点>世界に)月が一個しかなくても、二個あっても、三個あっても、結局のところ天吾という人間はたった一人しかいない。そこにどんな違いがあるだろう。どこにいたって、天吾は天吾でしかない。固有の問題を抱え、固有の資質をもった、一人の同じ人間に過ぎない。そう、話のポイントは月にあるのではない。彼自身にあるのだ。
(p.491)

 ↓結びです。

 青豆をみつけよう、と天吾はあらためて心を定めた。何があろうと、そこがどのような世界であろうと、彼女がたとえ誰であろうと。
(p.501)