056:エドワード・サイード OUT OF PLACE

エドワード・サイードOUT OF PLACE
エドワード・サイードOUT OF PLACEシグロ

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エドワード・サイード OUT OF PLACE [DVD] ペンと剣 (ちくま学芸文庫) 佐藤真 映画の仕事 [DVD] 遠い場所の記憶 自伝 知識人とは何か (平凡社ライブラリー)

 図書館から電話がかかってきちゃったので返さなくっちゃ。もうとっくに読み終わっていたのにこっちの更新がしてないからってまだ持ってました。すみません。

 この本は、故佐藤真監督の映画「OUT OF PLACE」を観て、セットで読まないとあまり意味はないかもしれない。編集の過程でこぼれたインタビューが文字で起こしてある。日本人にはなかなかわかりにくいところもあり、そこは中野真紀子さんの解説が適宜ついている。巻末に、映画のシナリオ。
 冒頭の佐藤監督のエッセイがとても良かった。惜しい人が亡くなってしまったものだと、いまさらながら思う。彼がこれからもドキュメンタリーを撮りつづけていくとしたら、何をどう撮るだろうか……と、考えてもせんないことを考えてしまう。
 映画に登場する人たちが次々と出てくる。だからずいぶん何人もの人のインタビューが収められているのだが、特に印象に残ったのは、コロンビア大学の同僚たち、それからバレンボイム

 あ〜もう図書館に行かないと閉館になっちゃうので、あとは読みながら付箋をした箇所の抜書きです。

(第5章 イスラエル人との対話〜ダン・ラビノビッツ p.141)
 ・・・バイナショナル国家を求めて政治運動をすることは、現時点ではまったく意味のないものと思われます。それと一線を画しているのが、バイナショナル国家による解決は長期的にみればずっと現実的だろうという考えをもつことです。

(コラム 「最後のユダヤ系知識人」〜ジョゼフ・マサド p.156)
・・・ディアスポラ的なユダヤ人のあり方は危険で容認できないものであり、断ち切る必要があるという考えを、シオニズムはアンティセミティズムと共有しているのです。ユダヤ人は国をもたなければ生き残れないとシオニズムは唱えますが、実際にはもちろん、ユダヤ教は数千年も前にディアスポラが始まって以来ずっとディアスポラのなかで生き残ってきたのであり、いまもそうです。 

↑この「最後のユダヤ系知識人」というサイードの発言をめぐるインタビューコラムは大変エキサイティングで面白かった。アイデンティティとは何か、ということについてまたしても考えさせられた。

(コラム「最後のユダヤ系知識人」〜ギル・アニジャール p.164)
 「世俗批評」のようなテキストには、とても興味深い記述があります。彼は知識人のあるべき姿として、世界中どこにいても自分の場所と感じるようでなければならないと言います。でも次のステップは、彼自身がそうであったように、世界中のどこにいても自分の場所とは感じないことだというのです。これは批評の視座としてはきわめて豊かなもので、すぐにも飛びつきたくなりますが、同時にまた、恐ろしい苦痛の源ともなりうるとわたしは理解しています。
 どうしたら彼の記述するような「体験」が一般化できるのか、わたしにはわかりません。人が自分の場所にいると感じないというとき、そこには少なくとも二つの相容れない立場があると思うからです――そんな状況にどうして追いやられたのか、自分の世界からどのように追放されたのかという点について。
・・(アルジェリアユダヤ人の話)・・・・自分のあるべき場所から外れていると感じるのには、少なくとも二つの場合があって、この概念が一般化できない理由はまさに、その二つが別々のものであり、互いにまったく相容れないものだからです。