自殺か尊厳死か
尊厳死法案について少し書いたのは、昨日だったっけ。
わたしの考えは、立岩真也さんの『ALS 不動の身体と息する機械』を読んだことによって、ずいぶん変わりました。母親がALSに罹り介護にあたっている友人ajiから、いろいろと話は聞いていたけれども、立岩さんの本を読むまではまだわたし、どちらかというと、尊厳死を肯定していたと思います。けれども考えが変わりました。生きたいという患者の本当の願いを、かなえてあげることがあるべき医療の姿であり、社会のあり方なのだという確信に至りました。
ここ↓には、パーキンソン病の患者さんに、ある医療関係者がどう対処したかが書かれています。
楽患日記:これって自殺なの? (岩本ゆり)
答えはあるだろうか、と岩本さんは書く。わたしは答えはあると思う。おのずから明白な答えがあると思います。宗教を持ち出すまでもなく、生きてゆく人を支えてゆける医療であるべきだし、社会でなければならない。呼吸器をつければ緩和ケア病棟にいられなくなるなら、緩和ケア病棟にいなくても緩和ケアができる態勢を周囲の医療者がつくらなくてはいけない。「できないから」諦める理由など何もないのでは? やればできるはずなのですから。なぜハナから「できない」と思い込んでしまっているのですか。
医療に携わる人には、これまでのルールをぜひ一度、根本から疑ってみてほしいと思います。疑ってみることから、もう一歩先へ、考えが進むのではないかと思います。そのためのきっかけになる集会が開かれます。
http://www.arsvi.com/0p/et-2005a.htm
日常の営みに裏打ちされたことばの強さ