倉橋由美子さん

 倉橋由美子さんが亡くなられて、心のどこかに小さな穴があいたような感じがしている。こんな雨の日は、ほんとうならしっぽり『パルタイ』なんかを本棚から取り出して読んでいたい。
 そうして過ごして夜になったら、ウィスキーをロックで用意して、今度は『よもつひらさか往還』を開くのだ。
 今日は倉橋由美子さんを偲ぶ日と決めて、そのことだけに心を集めて一日を送る――そのぐらいしてもいいとわたしが思える作家は他に、そうだなぁ、村上春樹さんぐらい、ああ、石牟礼道子さんとか、大江健三郎さんとか、、、こうして挙げてみるとそんなに数は多くない。

 こんな完璧なプランがありながら今日も明日も〆切があって実行に移せないのは、少し悲しいんだけども、裏返せば、これが生きているということの、自分はまだこの世界に生きて在るということの証であったりもするのです。わたしは関係性の中に生かされている存在であることを、亡き人をこのようにして偲びたいと願うにつけ思い知らされる。
 『パルタイ』は遥か高校生になりたての頃に初めて読み、大学生のときにも何度か読み返し、そして30代にもたぶん1度は再読したと思うし、また最近、読みたいなぁと思っていたところへ、訃報。
 小説としてのデキをどうのこうのと言う人も多いことは知っている。けれど、デキ、それも「小説としての」なんていうカギカッコ付きの評価は、わたしには特段の意味を持たない。デキよりも、好きか嫌いかの世界なのではないかと、それでいいじゃないかと、もっと言えば、わたしは好きなんだからほっといてくれよ、と思うわけで。悪い人だとわかっていながらドツボの恋にハマることを、ただ「バカだね」と切り捨ててしまうような人に、小説のデキだのなんだの言ってほしくはないと、わたしは思うのです。
 彼女には彼女の世界が確固としてありました。わたしは遠くから、その世界をずっと大事に思ってきた。なによりもこの気持ちを書き留めておきたくて、そして誰かに伝わるものならぜひ伝えたい。
 今ごろ倉橋さんは、ほろ酔いのよもつひらさか。

パルタイ
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倉橋 由美子
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 『よもつひらさか往還』は文庫も出ていますが、断然ハードカバーのほうがいいです。表紙といい、本文の組版といい、この短編集のリズムとうまく合っています。

よもつひらさか往還
よもつひらさか往還
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倉橋 由美子
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